【脱炭素社会】移行計画(トランジションプラン)とは?企業が押さえるべき重要ポイント

脱炭素への対応が急務となる中、「移行計画(トランジションプラン)」をどう進めるべきか悩んでいる企業の担当者は少なくありません。
本記事では、TCFD提言やTCFDコンソーシアムの基本概念を踏まえ、移行計画の意味や進め方、企業の先行事例を解説します。
読むことで、自社の戦略に活かせる実践的なヒントが得られ、投資家や社会からの信頼を高める一歩につながります。
移行計画の意味と必要性
移行計画(トランジションプラン)とは、企業や組織が脱炭素社会に向けて「現在の姿から将来の目標に至るまで、どのように変化していくのか」を示す行動計画のことです。
近年、多くの国や地域がカーボンニュートラルを目標として表明するようになりました。パリ協定の2030年の目標期限が迫る中、「どのように脱炭素に取り組むのか」という企業の情報開示に対する投資家や社会の関心が高まっています。
ESG投資の判断材料として重要視されているのも、移行計画の開示です。企業の強みを活かした移行計画を示すことは、国内外からの資金調達や企業価値の向上が期待できます。
移行計画の背景と国際動向
移行計画が国内外で広まるうえで大きな役割を果たしたのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)や、日本のTCFDコンソーシアムです。
ここでは、それぞれの組織の特徴を紹介するとともに、移行計画の背景について解説します。
TCFDとは
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、2015年に世界の主要20カ国と地域で構成されたG20の財務大臣・中央銀行総裁会議の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により設立されました。当時の金融安定理事会議長、マーク・カーニー氏は、気候変動が世界経済に金融リスクをもたらすとスピーチで主張しています。
TCFDは、脱炭素社会の実現に向けて、気候関連の情報開示や金融機関の対応をどのように行うかを明確に示した、気候変動に特化した開示方法といえます。
TCFDコンソーシアムとは
TCFDコンソーシアムは、TCFD提言の実践を推進するために設立された日本の組織です。
TCFDコンソーシアムは、移行計画を「低炭素・脱炭素社会への移行と価値創造を企業がどのように両立させるかについて、可能な限り明確に示した意思決定に有用な情報」と位置づけています。
「移行計画ガイドブック」を発表し、日本企業が脱炭素社会に向けてどのように事業戦略を進めるべきか、その方向性を提示しています。
参照:TCFD
参照:経済産業省|気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)
移行計画の情報開示ポイント
移行計画のあり方は一律ではありませんが、国際的な枠組みであるTCFDや、日本のTCFDコンソーシアムなどが示す指針と連動させながら、情報開示することが重要です。
ここでは、国際基準となるTCFDや日本のTCFDコンソーシアムの指針を解説し、移行計画における情報開示のポイントをまとめました。
TCFDが提言する4つの開示項目
TCFDは、2017年6月に公表した最終報告書の中で、気候変動に関連するリスクや機会が企業の財務に与える影響について開示することを企業に推奨しています。また、気候関連のリスクや企業成長の機会をより効果的に開示できるフレームワークも開発しました。
以下の4つが、開示において重要となる基本的な項目です。
ガバナンス
気候変動をどのような組織体制で検討し、企業経営にどう反映しているかを明確化する。
戦略
短期・中期・長期という時間軸ごとに、気候変動が事業に与える影響をどう捉え、どのような対応を講じるのかを示す。
リスク管理
気候変動のリスクをどのように特定・評価し、懸念されるリスクへの低減策、それを実行するロードマップについて説明する。
指標と目標
温室効果ガス排出量や関連指標を明確化し、目標への進捗度や成果を測定・評価する
提言された開示基礎項目のうち最上位に位置するのはガバナンスですが、それぞれの各基礎項目についても、気候関連リスクと機会の考え方に基づく説明が必要となります。
参照:TCFD
参照:経済産業省|気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)
TCFDが提言するシナリオ分析
TCFDは、戦略を設定する際にシナリオ分析の実施を推奨しています。
シナリオ分析とは、気候変動によって将来の社会や経済がどう変わるかを複数の仮定で想定し、自社の事業にどのような影響が出るかを検討することです。
気候変動は、企業に対して政策・技術・市場の変化に伴う移行リスクと洪水・台風・猛暑などの物理的リスクの両面から影響を与えます。「未来はこうなるはず」と一つに決めつけるのではなく、不確実な将来に備えることが重要です。
具体的なシナリオの例としては、以下が挙げられます。
2℃以下シナリオ
2℃以下シナリオとは、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えることを前提として、将来の社会のあり方を描いた気候シナリオです。
これは、2015年の「パリ協定」で合意された世界目標に基づいており、気温上昇を2℃以下に抑えられるよう、社会全体で厳しい排出削減政策が導入され、脱炭素が急速に進むことを前提としています。
短期的には、脱炭素の規制強化や投資コストの増加により、移行リスクの拡大が懸念されますが、ビジネスチャンスの視点から考えると、低炭素技術や新市場の拡大が期待され、先行投資した企業には大きな成長機会となります。
4℃シナリオ
4℃シナリオとは、産業革命前と比べて気温がプラス4℃前後まで上昇する姿を想定した気候シナリオです。世界的に脱炭素の取り組みが十分に進まず、温室効果ガスの排出量が高い水準で推移することを前提としています。
異常気象による洪水・干ばつ・猛暑・台風などの災害が増加する物理的リスクが懸念されるため、企業の戦略としては、サプライチェーンの途絶リスクを想定した事業継続計画や取引先の多様化、インフラ耐性の強化などが必要となります。
持続可能な経営をするために、企業は複数のシナリオに備えて戦略を考えることが重要です。
参照:環境省|TCFD 提言に沿った気候変動リスク・機会のシナリオ分析実践ガイド(銀行セクター向け)ver.2.0
TCFDコンソーシアムが示す移行計画の基本概念
企業が移行計画を作成する際、TCFDコンソーシアムが示す3つの基本概念を網羅しているか確認することが重要です。
低炭素・脱炭素社会への移行
カーボンニュートラルや脱炭素化といった社会全体の長期目標を参考にしながら、自社の排出削減目標を位置づけることが求められています。
日本政府は、2030年までに温室効果ガス排出量を46%削減する目標や、2050年にカーボンニュートラルを実現する目標を掲げています。これらの目標と整合するように「自社ではどの程度の削減目標を掲げるのか」「自社の活動が社会全体の脱炭素化にどのように貢献できるか」を明確にすることが重要です。
低炭素・脱炭素社会を目指した移行計画の開示は、投資家による企業理解の向上も期待できます。
事業戦略との整合
移行計画において、事業戦略との整合は重要です。企業が収益を度外視して気候変動対策を実施しても、社会的評価が高まるとは限りません。移行計画は企業の中長期的な事業戦略と一体化させる必要があります。
具体例としては、以下の通りです。
- フードロスの削減に取り組む食品ブランドの事業開拓
- EV(電気自動車)やFCV(水素燃料電池車)の開発・販売
- 観光事業者がサステナブルツーリズムを導入し、地域活性化と環境保全の両立
脱炭素を経営の負担と捉えるのではなく、事業機会や競争力強化のチャンスとし、事業戦略と統合することが求められます。
他者への働きかけ
脱炭素化は1社だけで達成できるものではないため、サプライチェーンや株主、取引先、顧客など、社外の関係者も巻き込んだ取り組みが不可欠です。
具体例として、以下が挙げられます。
- 取引先に対して省エネや排出削減を促す
- 顧客に高品質な低炭素商品を提案・提供する
自社内の改善だけでなく、社外との連携を通じて社会課題に取り組む姿勢が重視されています。
参照:環境省|地球温暖化対策計画(令和3年10月22日閣議決定)
移行計画の事例紹介
企業によって温室効果ガスの排出量は異なるため、移行計画の内容も業種や戦略によってさまざまです。そのため、先行して情報開示している企業事例は参考になります。
ここでは、企業の移行計画をより具体的にイメージできるよう、代表的な事例を紹介します。
キリンホールディングス
キリンホールディングスは、2050年に温室効果ガス排出量をネットゼロにすることを目標に掲げています。水や原料農産物などの自然資本の尊重や容器の軽量化、再生可能エネルギー由来の電力を100%使用する工場の導入など、排出削減と整合性のある事業を統合的に進めています。
TCFD提言に沿って情報開示を行い、経営戦略に気候変動を組み込むことで、経営層が深く関与していることを示しました。たとえば、環境課題が役員報酬に反映されていることを開示するなど、経営層の深い関与を明確化しています。
参照:キリンホールディングス株式会社|キリングループ環境報告書
オムロン
オムロンは、2019年2月にTCFD提言への賛同を表明し、情報開示を進めています。
2022年3月には、カーボンニュートラル社会の実現を一層強化するために、自社の温室効果ガス排出量とサプライチェーンにおける他社由来の排出量の削減シナリオを、2℃目標からより厳しい1.5℃シナリオへと変更しました。
統合報告書では、移行計画の基礎となるシナリオ分析の流れが詳しく明記されており、経営計画と気候変動対策との関連性が明確であると投資家から高く評価されています。
参照:日本経済新聞|脱炭素と事業成長を両立 「移行計画」が不可欠に
明治ホールディングス
明治ホールディングスは、2050年までにサプライチェーン全体で温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指しています。これは、パリ協定が掲げる1.5℃目標の達成に取り組むものです。
気候変動に関するシナリオ分析や対策の立案、進捗管理を行うために、明治ホールディングスとその傘下の主要子会社からなる「グループTCFD会議」を設置しています。
参照:明治ホールディングス株式会社|長期環境ビジョン・環境マネジメント
参照:明治ホールディングス株式会社|明治グループにおけるTCFDへの取り組み
ENEOSホールディングス
ENEOSホールディングスは「エネルギー・素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」の両立を長期的なビジョンとして掲げ、目標達成に向けた移行計画を推進しています。
2024年5月に、カバナンス体制の強化を目指して「カーボンニュートラル推進委員会」を設置し、基本戦略を策定・議論のうえ、経営計画に反映しています。
投資家から高く評価されているのは、ENEOSグループの移行計画です。温室効果ガス排出削減に向けたロードマップとして、エネルギー供給量あたりの二酸化炭素の排出量や削減貢献量など、移行に関する各指標を明確に開示しており、自社の取り組みが理解しやすいと高評価を集めました。
参照:ENEOSホールディングス株式会社|気候変動のリスク/機会への対応(TCFD)
参照:ENEOSホールディングス株式会社|ENEOSグループ「第3次中期経営計画(2023-2025 年度)」の策定について
脱炭素を目指した移行計画で企業の未来を描く
移行計画は、単なる環境対策ではなく、企業の未来を左右する成長戦略です。2030年の脱炭素目標の期限が迫る中、投資家や社会からは「持続可能な道筋」を求められています。
最後に移行計画に関する5つの要点を確認しましょう。
- 脱炭素方針を明確にし、信頼性を高める
- 事業戦略と整合させ、成長機会につなげる
- バリューチェーン全体を巻き込み、持続性を確保する
- シナリオ分析を通じて、不確実な未来に備える
- 計画を随時更新し、変化に柔軟に対応する
移行計画を実践すれば、企業は未来をリードする存在へ進化できます。移行計画を推進し、脱炭素社会で信頼される企業を目指しましょう。
『GREEN NOTE(グリーンノート)』は環境・社会課題をわかりやすく伝え、もっと身近に、そしてアクションに繋げていくメディアです。SDGs・サステナブル・ESG・エシカルなどについての情報や私たちにできるアクションを発信していきます!