気候変動・脱炭素

サステナブルな未来へ|ネイチャーポジティブで生物多様性を守ろう

カーボンニュートラルサーキュラーエコノミーとならんで、世界の潮流となりつつある「ネイチャーポジティブ」

本記事では、ネイチャーポジティブの意味や必要性について、ネイチャーポジティブに関連する「TNFD」「CSR」「サステナビリティ」「SDGs」といった言葉を交えながら説明します。

私たちの身近に迫る地球環境の危機や、それを食い止めるためにまい進する日本企業の取り組み事例も紹介します。

今、私たちの周りでなにが起きているのか、一緒に学んでいきましょう。

ネイチャーポジティブとは?


環境省によると、ネイチャーポジティブ(自然再興)とは「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」を意味します。

環境省は、生物多様性のことを「生きものたちの豊かな個性とつながりのこと」と表現しています。

分かりやすくまとめると、失われつつある生物多様性の損失を食い止め、回復させようという考えです。

ネイチャーポジティブは、2021年6月のG7サミットで採択された「2030年自然協約」の中ではじめて登場した言葉です。

以来、カーボンニュートラル*1やサーキュラーエコノミー*2とならび、ネイチャーポジティブも世界の潮流となりました。

カーボンニュートラル *1: 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること
サーキュラーエコノミー(循環経済)*2:従来の大量生産・大量消費型経済から移行し、廃棄物の削減・資源の循環利用をしながら、新たな付加価値を生み出すことを前提とした経済

2030年自然協約には、以下の4つの柱があります。

  1. 移行:自然資源の持続可能かつ合法的な利用への移行を主導する
  2. 投資:自然に投資し、ネイチャーポジティブな経済を促進する
  3. 保全:野心的な世界目標等を通じたものを含め、自然を保護、保全、回復させる
  4. 説明責任:自然に対する説明責任及びコミットメントの実施を優先する

4つの柱を基盤として、2030年までに生物多様性の損失を食い止めて回復させ、2050年までに自然共生社会を実現することを目指しています。

参考:ネイチャーポジティブ宣言の呼びかけ|J-GBFネイチャーポジティブ宣言|2030生物多様性枠組実現日本会議|環境省 (env.go.jp)
参考:ネイチャーポジティブ経済の実現に向けて|環境省

生物多様性を脅かす4つの危機

ネイチャーポジティブを語るうえで切っても切り離せないのが、さまざまな人間活動が生物多様性を脅かしている事実です。

「生物多様性国家戦略2023-2030」によると、生物多様性に負の影響をもたらす人間活動を4つに分けたものが「四つの危機」です。

以下の項目に分類されます。

  1. 第1の危機(開発など人間活動による危機:生き物のすみかを奪う直接的な人間活動)
  2. 第2の危機(自然に対する働きかけの縮小による危機:都市部への人口流出、農林業の衰退による木々や草原をはじめとする生態系の崩壊。害獣の増加に伴う農作物への悪影響・被害)
  3. 第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機:交通・輸送手段の発達に伴う病原体や外来生物の侵入。輸出入穀物に混在した外来種子や害虫が拡散、在来種存続の危機)
  4. 第4の危機(地球環境の変化による危機:異常気象・海水面の上昇による種の絶滅。
    気温の上昇によるCO2濃度の上昇、海洋の酸性化)

「四つの危機」は、それぞれが独立したものではなく、双方の危機があいまって危機を深めています。

たとえば、都市部への人口流出(第2の危機)が、東京近郊の住宅地の開発(第1の危機)を加速させ、都市部に流れた人々が移動の便利さを追求するあまり、交通・輸送手段が発達して「第3の危機」を生み出すなど、密接に関係しています。

参考: 生物多様性国家戦略2023-2030(令和5年3月31日閣議決定) (biodic.go.jp)

ネイチャーポジティブが実現できないとどうなる?

ネイチャーポジティブの実現が急務であることは理解できました。

しかし、生物の多様性が失われると、私たちの生活に具体的にどのような不具合が生じるのでしょうか。

シンプルにいうと、種が絶滅する可能性があります。

公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)が発表した「Living Planet Report 2022」によれば、1970年から2018年までの50年間で野生生物の個体群は相対的に平均69%減少しています。

光合成を行う植物が減れば、さらにCO2が増え、人間も生存できないほど温暖化が加速していくでしょう。

温暖化が進行すれば、海や陸地に生息していた動物も減少・絶滅の一途をたどり、人間が食べる肉や魚といったタンパク源が不足します。

水不足や干ばつにより、農作物が生育できずに食糧難になることも容易に想像できるでしょう。

生物多様性の重要性は、以下の記事でも身近な例を踏まえて分かりやすく解説しています。
関連記事:生物多様性の重要性は?危機を理解して私たちにできることを

参考:生きている地球レポート2022.indd (wwf.or.jp)

ネイチャーポジティブとSDGs


ネイチャーポジティブは生物多様性の損失を食い止め、回復させることなので、SDGsとも密接に関係しています。

生物の主な生息地である「海」と「陸」に焦点を当ててみましょう。SDGsの中で海と陸に関するゴールを掲げているのが、それぞれ目標14「海の豊かさを守ろう」と、目標15「陸の豊かさも守ろう」です。

SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」

SDGs目標14には、海洋に関する10のターゲット(達成目標)があります。

内容としては、海洋汚染の防止や削減、海洋および沿岸の生態系回復のための取り組みの実施、漁獲の効果的な規制などがあります。

海洋は今、危機的な状況に置かれており、次のような問題が起きています。

  • プラスチックなどの海洋ごみにより、ウミガメや海鳥がケガをしたり、ごみの誤飲によって命を落としたりしている
  • 生活排水や工場排水など、有害な化学物質を多く含む排水が海洋に流れ出ることで海洋環境が汚染されている
  • 人間活動により大気中に過剰に排出されたCO2が海に吸収され、海が酸性化することで生物多様性が失われている
  • 魚の過剰な捕獲や乱獲・密漁により、海の生態系が失われている

ネイチャーポジティブな取り組みは、プラスチックごみの削減や適切な廃棄物処理など、海洋汚染の防止に寄与します。

持続可能な漁業や海洋保護区の設定は、海の生態系を保護し、種の回復を促進させるために効果的な手段となるでしょう。

参考:JAPAN SDGs Action Platform | 外務省 (mofa.go.jp)

SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」

SDGs目標15には、陸に関する12のターゲット(達成目標)があります。

森林や湿地・山地といった陸上の生態系と、内陸の淡水地域の生態系を守ることに関する目標です。

内容としては、植林をはじめ砂漠化への対処・絶滅危惧種の保護ならびに絶滅防止のための対策を講じること・保護対象動植物の密猟および違法取引の撲滅・外来種侵入の防止といったものがあります。

陸に関して、私たちの周りでどのような問題が起こっているのか見てみましょう。

  • 農地や住宅地の開発のための森林伐採や、湿地帯・草地の埋め立てにより、もともと住んでいた生態系が消失している
  • 肉の消費量増加に伴い家畜が増え、メタンガスによる温暖化の進行や、エサとなる植物が枯渇している
  • 植物の減少により大気の浄化作用(光合成によってCO2を取り込み、酸素に変えること)が鈍り、温暖化が進行している
  • 森林の伐採によって保水力が失われ、土砂崩れなど災害が増加している
  • 気候変動による乾燥や干ばつにより、砂漠化が進行している

ネイチャーポジティブな取り組みは森林の再生を促し、CO2の排出や砂漠化・干ばつに歯止めをかけます。

絶滅危惧種の保護や外来種侵入の防止は、生態系の回復に貢献するでしょう。

参考:JAPAN SDGs Action Platform | 外務省 (mofa.go.jp)

ネイチャーポジティブ実現のためのキーワード「TNFD」とは?


TNFDは”Taskforce on Nature-related Financial Disclosures”の略称で、日本語では自然関連財務情報開示タスクフォースと訳されます。

TNFDは、企業が自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示するための枠組みを構築するために、2021年6月に発足しました。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の自然版といわれるものです。

名称に「財務」とあるように、企業が自然に与える悪影響による財務リスクや、対策を講じることで得られるプラスの要因を客観的に評価します。

生物多様性に大きな影響をもたらす「気候変動」への対策として、2015年にTCFDが設立されました。

以降、気候変動リスクに関連する情報開示が金融機関や企業の間で急速に広がりました。

世界では約5,000の企業や団体がTCFDへの賛同を表明していますが、なかでも日本でTCFDへ賛同する企業は約1,500も存在し、企業数で1位を誇っています。

とても誇らしいことです。

次いでイギリスが約520で2位、アメリカは約500で3位となっています(2023年9月30日時点)。

この流れを受け「自然や生物多様性に関しても同様にリスク管理と情報の開示をすべき」という動きが加速し、TNFDが発足しました。

TNFDとTCFDについては、以下の記事でも取り上げています。

TNFDに賛同する企業のメリットや、今後の動向なども触れていますので、ぜひ併せてご覧ください。

関連記事:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは?TCFDとの違いは?

参考:TCFDを活用した経営戦略の立案|環境省
参考:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フォーラムへの参画について|環境省

ネイチャーポジティブとCSR


CSRとは”Corporate Social Responsibility”の略称で「企業の社会的責任」と訳されます。

企業は利益を追求するだけでなく、社会、そして環境にも責任を持つべきという考え方です。

2023年以降はネイチャーポジティブ促進に向け、政府からの要請が色濃く現れてくるはずです。

企業が社会から認められ選ばれ続けるためにも、ネイチャーポジティブとCSRは切っても切れない関係になってくるでしょう。

前項で触れたTNFDにより、今後は企業活動が自然にどのような影響を与えるのかを開示していくことが求められるはずです。

生態系サービスに依存する世界中のビジネス

生物多様性から生み出される恩恵のことを生態系サービスといいます。

世界中の企業のビジネスは、生態系サービスの下に成り立っています。

具体例でイメージを膨らませてみましょう。

まず、衣食住など、私たちの生活に必要不可欠なものはすべて生態系サービスです。

今着ている服の繊維をチェックしてみてください。ウール(羊)・カシミヤ(ヤギ)・綿・麻などさまざまな繊維がありますが、これらはすべて動植物を原料とするものです。

住まいも、日本のように木を材料とする住居はもちろん、鉄筋コンクリートの元になるのも鉄や石灰石といった鉱物資源です。

食に関してはいうまでもありません。

ほかにも天然由来成分を用いたアロマセラピーなどのリラクゼーションや、温泉や自然保護区のように、生物多様性がそのまま観光業として収益を生み出す生態系サービスも存在します。

今後、ビジネスの中で生物多様性に適切に配慮し、ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みを実践しているかどうかが、「社会から選ばれ続ける企業」のカギとなりそうです。

参考:生物多様性と生態系サービス|生物多様性と生態系サービスの経済的価値の評価 (biodic.go.jp)

企業のCSR活動具体事例

ここからは、ネイチャーポジティブ実現のために積極的に取り組んでいる企業のCSR活動事例を紹介します。

もちろん、CSR活動にはネイチャーポジティブに関連するもの以外も含まれますが、今回は本記事のテーマであるネイチャーポジティブに絡めた事例のみをピックアップします。

トヨタ自動車

トヨタ自動車は、SDGs推進に積極的な企業として有名です。持続可能な社会の実現を目指し、2つのチャレンジに取り組んでいます。

それが、2050年をゴールとしたCO2排出「ゼロ」の実現と生物多様性保全等による環境への「プラス」のチャレンジです。

チャレンジへの具体的な取り組みとして、5年単位で注力するテーマを設定しています。

2023年現在、「脱炭素社会の構築」「循環型社会の構築」「自然共生社会の構築」の3つのテーマに、トヨタグループ全体で取り組んでいます(2021~2025年度)。

具体的な取り組み内容は、下記の参考サイトをご参照ください。

参考:CSR | トヨタ車体 (toyota-body.co.jp)
参考:サステナビリティ | トヨタ自動車 公式企業サイト (global.toyota)

積水ハウス

積水ハウスでは、住宅・建設業界初の「エコ・ファースト企業」として、地球温暖化対策や生態系保全・資源循環・住宅の長寿命化やまちづくりなどに積極的に取り組んでいます。

毎年4月に「サステナビリティレポート」を発行。

社員を含め、ステークホルダー向けに同社が取り組む環境・CSRに関する情報を発信しています。

そのような積水ハウスでは、「住まい」にまつわるさまざまなCSR活動を行っています。

例えば、「『5本の樹』計画」「+e PROJECT」「スマートコモンシティ」の3事例です。

具体的な活用内容は、下記の参考サイトをご参照ください。

参考:積水ハウスグループの環境・CSRに関する取り組み報告書「Sustainability Report 2009」発行 | ニュースリリース | 企業・IR・ESG・採用 | 積水ハウス (sekisuihouse.co.jp)
参考:幸せの灯りで、未来を照らそう。積水ハウスのサステナビリティ | 企業・IR・ESG・採用 | 積水ハウス (sekisuihouse.co.jp)

花王

花王は創業当初より、CSR活動に重点を置いてきた企業です。

ESG戦略として「Kirei Lifestyle Plan」を推進し、持続可能で豊かな社会構築のために取り組んでいます。

花王では、「バイオIOS」「環境に配慮した包装容器の開発」「プラスチック容器の完全リサイクル化」「地域に密着した環境保全活動」などのCSR活動を展開しています。

具体的な内容は、下記の参考サイトをご参照ください。

参考:花王 | サステナビリティ (kao.com)
参考:花王 | 社会貢献活動 (kao.com)

以下の記事でも、生物多様性を守る取り組みについて取り上げています。

企業の事例としては、クボタグループと東芝グループのCSR活動を紹介しているほか、私たち一人ひとりが実践できる身近なアクションについても触れています。ぜひ併せてご覧ください。

関連記事:生物多様性を守る取り組みは?個人や企業による保全活動

まとめ

本記事では、ネイチャーポジティブや関連する言葉を取り上げました。

ネイチャーポジティブとTNFD・CSR・サステナビリティ・SDGsはそれぞれが独立したものではなく、相互に関わり合っていることが分かりました。

ネイチャーポジティブはなにも、企業や国だけが気にかければいいものではありません。

私たち一人ひとりがネイチャーポジティブに真剣に向き合い、行動に移すことこそが、大切な地球を守る大きな一歩になるでしょう。

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